通信室

アルコール依存症からの回復 第4話

2022.02.09

<私は、こうしてアルコール依存症から回復した>

 

ケース①男性 Aさん

 

第4章~ミーティング参加から退院までの話~

ミーティングに出始めた頃から、ミーティングに参加している他のメンバーも自分と似たようなことをしているのが分かった。でも「自分は次は上手く飲める」と思っていた。他の人は若いころから問題があって何回も入院していて、自分は「大きいストレスのせいで一時的に量が多くなっただけ」いうのがずっと消えなかった。

入院期間が長くなっていくうちに、一緒にミーティングに出ていた仲間が2人ひどい状態で再入院した姿を見て、自分も次に1杯でも飲んだら、また止まらなくて再入院したり、亡くなったりするというのが分かった。入院中に2~3回意識を失って倒れることがあった。それもアルコールの後遺症だったんじゃないかと思った。入院中に娘、地元の先輩や県外にいる親戚や友人が面会に来てくれることがあった、その中で自分が飲んで記憶を無くしていた時がどういう状況だったかを聴いた。自分は飲んでいた記憶しかないが、いかに多くの人にひどい迷惑をかけてきたかが分かった。次に飲んだらまた迷惑をかけ娘をはじめ、自分が失いたくない人から見放されていくと思った。自分がひどい状態だったのがはっきりと分かった。

ミーティングでアルコール依存症が脳の病気で、1杯飲んだらコントロールが利かなくなって飲み続けること、普通に飲める状態に戻れないということが分かったし、自分がその恐ろしい病気になったことも分かった。

また入院生活は不自由で、時間がもったいないとずっと感じていた。退院して生活を立て直して当たり前の生活をしたいとずっと願っていた。「もう2度と入院したくない」というのもお酒をやめる原動力だった。

 

[ARPスタッフのコメント]

Aさんはミーティングに参加してからもしばらくは「飲む生き方」に戻ることを模索しているようでした。ミーティングに繰り返し参加したり、再入院になる方を見たり、面会で家族や友人に飲んでいた状況を聞いたりするなかで、飲酒がAさんにもたらした体のダメージや大事な人たちへの影響を客観視でき、「飲まない生き方」に進む覚悟を決められました。入院中たまにイライラされていることもありましたが、「飲みたい」と「やめたい」の葛藤と戦っておられたのかもしれません。ただ、イライラを抱えておられる日でもミーティングを休むことは無く熱心にご自分と向き合っておられました。この熱心な姿勢が否認を打ち破った大きな要素だったと思います。